空力ニュースレター No.16

Aerodynamics

空力ニュースレター No.16

Dive Lip

1960年代のレースカーを見るとノーズの脇に、潜水艦のピッチをコントロールするダイブプレーンに似た傾きの付いた板が付いている。1969年式フェラーリ312Pスパイダーにフェラーリのエンジニア Giacomo Caliriがフロントグリップを増すために付けた所、エンツォ・フェラーリが「そんな醜いものが正しいわけないと」だいぶ興奮したそうです。「Dive Lips, Dive Plane, Canard」など色々の呼び方が付いている。その後、どういう訳かこのダイブリップはレース界から忘れ去られてしまったのか、あまり見かけませんでした。エンツォ・フェラーリが彼の力で世の中から抹殺したわけではないでしょうが。


両端に張り出した4枚のダイブリップ 1988 IMSA GTP Electramotive ZX-Turbo

1980年代になって私はIMSAのGTPカーの空力に躍起になっていた。そのころはポルシェ956の全盛期で耐久レースのタイトルは全部956が占めていた時代です。956はIMSAにもエントリーしてきましたが車が早くなるにつれ、フロントダウンフォースをどのチームもさがしておりました。すると下の写真の様なウイングをフロントのノーズにつけて走るくるまがあちらこちらで出てきました。

一見するとフロントダウンフォースは一気に上昇するかに見えますが、そうはならない。私は以前に似たようなものを既に実験していた。一見、フロントダウンフォースは極端に増加するしかないと思えるのでしょう。実際私自身もそう思っていました。ところが実際はフロントが少し増加しますが、同時にリアウイングの性能も悪化します。ウイングよりその後ろに位置にあるものの形状やら、その大きさによって全く異なります。ウイング周りの流速が非常に遅いです。風洞で実験すればすぐにわかります。ドライバーも見た目からフロントダウンフォースが増えると思いますから、リアが減ったとは解りません。

その後、90年代になってSWCシリーズに、プジョーやジャガーがフロントウイング付きで参戦してきますが、あまり成功とはいえませんでした。プジョーはルマンでフロントウイングをはずしていましたがリアウイングの角度は殆ど一緒です。ということはフロントウイングは大して効いていなかったということです。私が行ったテストでもリアでは1000kgのダウンフォースを産むウイングをそのままフロントの先端の、しかもレギュレーションを大幅に無視した一番良い場所に設置しても、せいぜい200kgくらいしか産みません、かつリアを悪化させてしまします。

揚抗比的には全く魅力がありません。では何故、プジョーやらジャガーが同じミステイクをするのでしょうか?彼らも風洞でちゃんと実験しているのに。この件はまた別の機会に話すこととしましょう。

契約書

あまりにうちのボスがフロントウイングを付けろとうるさいので、契約書を書いて彼にサインさせました。内容は「私がフロントウイング以外の方法で、フロントダウンフォースを、フロントウイング以上上昇させ、かつ揚抗比を悪化させないものを開発したら、フロントウイングに関しては以後何も言わない」と言うものでした。従業員である私が社長に対して失礼きわまりない言動です。こんなのものにサインさせたのは、私のほうも切羽詰っていたのでしょう。ボスは「わかった」としぶしぶサインしました。

さて、フロントウイングなどは付けたくないし、うまく働くとも思えないし、万が一うまくいったらノーズの構造まで作り直さねばならない。当時は開発も、設計も、型作りも、組立て治具も、最初の製品の製作も、ほぼ全部自分一人でやっていたので忙しく、レースまでに間に合わせるのは大変だし、他のことが出来なくなってしまう、とは言ってもフロントダウンフォース増加の方法は行きずまっていたのです。そんなときに家で昔のレース本を見ていたら60年代の小さなダイブリップが目にとまったのです。効きそうにも見えないし、効いたとしても揚抗比は落ちそうです。しかし他に良い手も浮かばないのでアルミ板を切ってモデルにくっつけて見たのです。驚愕!なんと良いではないですか!

色々な大きさとか角度を、何十ケースかテストして一番上の写真のようになったわけです。正にジャックポットを射止めた感じでした。ストイームライン的には美しくは無いので、エンツォ・フェラーリさんが怒るわけです。ウイングのガーニーフラップと一緒で、たしかに美的ではない。空力の慣習に逆らうように見える!どう見てもドラッグの塊です!

結果

風洞テストで行き着いた形状の測定結果というと、実物サイズで最大幅130mm、最小幅20mm、全長は500mmくらい。これが両サイドに付いて時速322kphで200kgのダウンフォースを産みます。ドラッグはたったの13kgです。揚抗比 15:1という信じられないくらいの性能です。ただの板を同じように傾けたときの理論上の計算値では、たったの26kgです。26kgと200kgの違いは何だろうということです。我々、エレクトラモーティブチームはこれを1986年7月のポートランドのレースからつけました。そのシーズンの終わりにはライバルは全チームがこのダイブリップを装着していました。丸見えなので真似されるのも早いです。4枚ついているリップの内、上の2枚はフロントダウンフォースへの寄与率は1%くらいですが、下の2枚は5%くらいあります。同じ頃、もう一方の効果大だが、見えないところのディフューザーは4-5年間、隠しとうせましたが今ではBMWやその他諸々の生産車にまで付いています。だいぶ後になって、ニスモでルマンカーをやっているとき、富士スピードウエイでトヨタの空力の方にそれを見つけられて「これは効くのですか?」と聞かれましたが答えようがない質問でした!

我々のダイブリップは4プライ位いの3Kカーボンですから、厚み1mmくらいでしょうか。ノーズサイドの剛性の無いところに取り付けたので、最初はとれないか心配で、直線でスピードの乗ったところを脇から見ていましが、撓んでいる様子もありません。写真でよく見ても何ともありません。

鈴鹿 美隆 (Suzuka Racing Svc.)

1980年代のIMSA GTP マシンやC カー、また現在もSUPER GT等、数々のチャンピオンマシンの空力を手がける空力デザイナー。Megane Ⅲ RS用 カーボンリアディフューザーClio / Lutecia Ⅲ RS用 フロントディフューザーClio / Lutecia Ⅲ RS用 カーボンリアディフューザーの設計・デザインを担当